山形城春爛漫、盛況の観桜会に義光公ご満悦

山形城


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春もうららの4月下旬。日本100名城再訪の5城目、山形へ行ってきた。

散り始めの桜・花筏。たまたま観桜会が開催されており、花見客らでにぎわっていた。

山形城(霞城)の概要

山形駅を降りたらすぐ近く。西口から向かえば南大手門、東口から行けば東大手門に着く。

後者のほうがメジャーなルートのようだけど、予習をしてなかったので前者のルートで霞城公園に向かった…。

(線路の西側にあるから西口でいいんだろ、と安易に考えたw)

霞城(かじょう)の別名を持ち、地元ではもっぱら「霞城」と呼んでいるようだ。

山形城跡は現在、霞城公園として整備され、住所も「山形市霞城町」だ。

山形駅から歩いて10分

東京から新幹線で山形駅まで直通3時間弱。駅から徒歩10分と近いこともあり、訪れやすい城だ。

地図を見るとわかる通り、山形駅前は東口の方が栄えている。

そこそこ荷物を持って行ったのでコインロッカーを探したのだが、西口側にはないようだ。

(西口のビル・霞城セントラル内にある市の観光案内センターに聞いた)

というわけで、地味に重い思いをしながら城跡を一周することになった…。

最上義光が基礎をつくった

山形城は、最上氏の祖 斯波兼頼が、延文2年(1357)に築城したと伝えられている。兼頼の子孫は、その後最上氏を称して、代々居城した。最上氏11代当主義光の代に、関ヶ原合戦の戦功により、57万石の大々名となり、実質100万石の城下町として山形は繁栄した。
しかし、義光の孫・家信(義俊)の代に、家中不取締りの罪により、最上氏は改易され、その跡に鳥居忠政(24万石)が入部したが、忠政は山形城の本丸・二ノ丸を改築したので、現在の二ノ丸跡は、鳥居氏時代の遺構といってよい。
鳥居氏の以後、城主は11氏(幕領2回)が頻繁に交替し、最後の城主水野氏は、僅か5万石で明治維新を迎えた。

山形市観光協会HPより

最上一族のスーパースター・義光の手になる山形城。1986年(昭和61年)に国の史跡に指定されている。

前回訪れたとき(2011年くらい?)には絶賛復元中! といった感じだったのだが、いまはどうなっているのか…。

晴れて絶好の花見日和

東北は寒かろうと思い、長いコートを着ていったのは間違いだった。

カラッと晴れた山形市は夏日。コートを腰に巻き付け、霞城公園内へ。

二の丸南大手門跡

駅西口からだと、まずは二の丸南大手門跡に到着する

地元の人たちがどんどん公園内に入っていく。ずいぶんと地域に密着した城跡だ。

西側をぐるり

公園内に入ってすぐ、案内図を発見。この段になってようやく全体像を把握w

(最近、何度も何度も思ってるんだけど、予習してから行かなきゃだわ、ほんと)

西を上にした場内図

西を上にした場内図。公園内には野球場や弓道場もある

とりあえず案内図でいうところの上辺を右の方へ(つまり、西側を北へ)歩いていくことにした。

まずは二の丸の南西部にある坤櫓(ひつじさるやぐら)から。

坤櫓

坤櫓跡。江戸期に少なくとも3回は葺き替えており、周囲から大量の瓦が出土したとのこと

この南西隅櫓から北に向かう。

東側を望む。右手の建物は県の体育館・武道館

東側を望む。右手の建物は県の体育館・武道館

西側には二の丸の門のうち最も地味な西不明門跡がある。

西不明門

西不明門跡。人通りはほとんどない

ぐーっと歩いていって、北不明門跡へ。

陸軍が残したサクラの木々

北門は駐車場へ通じる車道の唯一の出入口で、写真を撮るのが若干たいへんだったw

北不明門跡。なんだか車の往来が多い…

北不明門跡。なんだか車の往来が多い…

門の外には歩兵第32連隊跡の石碑が建っている。

明治初頭、払い下げられた山形城に市が歩兵連隊を誘致し、その兵営となっていた。

日露戦争の勝利を祝い、帰還した部隊が多くのソメイヨシノを植樹。以来ここ霞城公園はサクラの名所になっている。

(なお32連隊は第2次大戦で沖縄戦に駆り出され、糸満市で終焉を迎えた)

二の丸濠北側はご覧の花筏。散る桜に連隊は何を思ったのか

二の丸濠北側はご覧の花筏。散る桜に連隊は何を思ったのか

この北不明門跡より東のエリアは現在発掘調査中。立ち入り禁止になっている。

通行止めのお知らせ。発掘調査のため、2018年11月下旬まで入れない

通行止めのお知らせ。発掘調査のため、2018年11月下旬まで入れない

野球場の横を抜け、公園管理事務所の前を通り、東側に向かった。

きょうは観桜会だった

東大手門の手前まで来ると、シートを広げた花見客が多数。

お琴の調べのBGMも流されて、想像以上のにぎわいを見せていた。

東大手門内の広場では、なんだか催し物が開かれている様子。

霞城公園はイベントデー

老若男女、それぞれに楽しんでいる桜のイベント。

場内アナウンスによると、きょうは「霞城観桜会」だそうだ。

お茶体験(?)に参加する人たち。いわゆる野点ってやつ?

お茶体験(?)に参加する人たち。いわゆる野点ってやつ?

その横にも人だかりが。

殺陣演武(?)

殺陣演武(?)も。物語形式で進めていたようだ

想像よりも人や車が多く思えたのはイベント効果だったことに、この段階でようやく気付いたw

最も「城感」のある東大手門

そしてもう一つ気付いたこと。

東大手門から入るのが通常ルートだということ…。

最上義光像を見て、前回来た時のことを思い出した。

最上義光像

最上義光像。このタイプはお顔がよく見えない…

東大手門の櫓が公開されているのは4~11月の午前9時半~午後4時。

ここに日本100名城スタンプが置いてある。(門の外の最上義光歴史館にもある)

東大手門。地元の方が多いのは観桜会だからか

東大手門。地元の方が多いのは観桜会だからか

櫓の内部を公開してる時間にはバッチリ間に合っていたので、急がず慌てず中へ入る。

(とはいえ、15時前とかだった気はする…)

中には発掘調査の資料や「触ってみよう」コーナー、100名城の認定記念などが展示してある。

管理人(?)のおじさんに声をかけ、スタンプポン!

山形城のスタンプは10番、色は赤だ

山形城のスタンプは10番、色は赤だ

非シャチハタタイプ。落ち着いて押印。

再訪5城目。あと95城(195という考え方もある)…。

イベントを終えて引き揚げる「武将」。やはりこっちが正面なのだ

イベントを終えて引き揚げる「武将」。やはりこっちが正面なのだ

1時間以上かけてたっぷり歩いた。

帰りは東口方面に歩き、西口との繁栄格差に改めて驚くことになった…。

山形城の寸評を

駅からのアクセスはバッチリ。雨でもない限り余裕。

二の丸より内側を公園としてしっかり整備していることもあり、見て歩きやすい。

発掘調査が進められており、2033年を目標に本丸周辺も復元していくようだ。

野球場や体育館が公園内にあって、地元住民の生活にも浸透している。

桜の季節だけでなく一年中、これからも愛され続ける城跡だろう。

山形に行ったならば、ついででも寄れるお手軽城跡なのは間違いない。

今後の復元にも期待したい。

10・山形城
★★★★☆ 発掘調査を横目にチラリ、花もいざなう山形城

イベント効果で甘めw

こんな方にオススメ

  • 山形ってさくらんぼ以外なにがあるの? という人
  • 観光地然としすぎず人々の生活が垣間見えるようなところが良い、という人
  • 最上義光のチョイ悪オヤジ感が好き、というマニアックな人

こんな方々にオススメです、はい。

周辺にもいろいろあるよ

今回は行かなかったけれど、東大手門の外に「最上義光歴史館」がある。

冬の間は東大手門櫓が開いていないので、スタンプはこちらで押すことになる。

入館無料、月曜定休。開館時間は午前9時~午後5時(入館は午後4時半まで)。

城から駅に戻る道中、余裕があれば寄ってみるといいでしょう。

きょうはここまで。

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ABOUTこの記事をかいた人

1987年、東京生まれ。コンプリート寸前だった「日本100名城」、30歳にして最初から巡りなおすことに。マスコミで働くかたわら、休みの日にお出かけするのが趣味。いちおう「現場主義」。